何で俺が謝らなきゃいけないんだ?

ショーケンこと萩原健一さんが亡くなった。

いつもの事だが、ワイドショーでは人となりや過去の映像を一頻り流したあと、何事もなかったように次の話題に移っていく。

 

そんな中で、ひとつ気になったのだが、1985年に週刊誌記者に暴行した後の記者会見で涙ながらに「何で俺がファンに謝らなきゃいけないんだ?」と言っているシーン。

 

この頃からもう「ファンに謝罪は?」といった質問が記者から投げかけられていたんだなと、少しびっくりした。そして、それでもファンに謝る必要はないという意見を言えていた時代だったのだなぁとも思った。

 

「炎上」という言葉が定着してしばらく経つが、何か不祥事や事件が起きると、全く関係ない部外者の「謝れ」という声が大きく響き当事者に襲いかかる。当事者は謝る必要がない相手にまで謝罪し、企業は炎上を恐れちょっとした指摘に対応を迫られる。

 

お互いに麻痺しているのだろう。芸能人や有名人などの公人に限った話ではない。

親がすべき教育を教師に要求し責任を取れと迫る親。話し合うよりも謝った方が早く済むので悪いと思っていなくても謝る教師。クレームにならないよう「あらかじめご了承ください」とプリントを配る学校。

親と教員も似たような構図だ。

 

もっと対話が必要なのだと思うのだが、もはや対話が成り立たなくなってきているようにも思える。対話の前に普段の会話が足りないのかな。

 

納得いかない謝罪をする羽目にならないように、普段から会話を大切にしようと思います。まずは奥さんとの会話から。