行動原理

最近、「書く」ということについて良く考える。考えると同時にネットで色々な文章や書くことについての文章をよく読む。そこで以下のような一文に出会った。

 

ぼくは、すぐれた編集者(おそらくライターやほかの職業でも)は、その行動原理がひと言で要約できるものだと思っている。そのときどきで取り組む対象が異なっても、初期衝動はずっと変わらないものだし、そうした核を持たない人は弱いと思っている。 

柿内芳文という男。|古賀史健|note

 

自分の行動原理って何だろう?

しばらくの間ぼんやり考えてみる。完璧主義的な面もあるが一方でかなりズボラでもある。職人気質なところもあるが、最近はその気質を注ぎ込む対象を見失い、少しも職人気質を発揮していない。ワーカホリックのような時期もあったがプータローのような今も結構心地良い。

 

色々と思い巡らせた挙句にたどり着いたのが「面倒くさい」だった。

 

そう、ぼくの行動原理は「面倒くさい」なのだ。

うん。なんだか腑に落ちる。

 

例えば、スキー。

学生時代は誰もが一度はスキーに行くような時代だった。最初はどんどん上達して楽しかった。楽しいからバイトしてお金を作って深夜にクルマを運転して滑りに行った。楽しいから少しも苦にならなかった。

やがて停滞期がやってくる。成長曲線が緩やかになるアレだ。この時期は地味に練習を積み重ねばならない。これがなかなか辛い。辛いがここを乗り越えるとまたグッと上達する時期がやってくる。それは分かってはいるが楽しくない。楽しくないから深夜に運転してスキー場まで行くのが面倒になる。スキーに行くためにバイトするのも億劫だからバイトも減らしてしまう。そしてそのままスキーに行かなくなり、実家のガレージで何年も使っていないスキー道具が埃をかぶっている。

 

人生で何度こういうことを繰り返してきただろうか。

 

でも、良い面だってある。

 一見、地味で面倒くさい作業でもそれを怠るとあとで大変面倒になる、そんな仕事があるとする。あとで面倒くさいことになると大抵それはなんとかするために数倍の労力が必要となる。

これは面倒くさい。かなり面倒くさい。

ならば今ほんのちょっと面倒くさい思いをして後々の憂の芽を摘んでおく。こういう仕事の進め方をぼくは出来る。それも、ぼくの行動原理が「面倒くさい」だからに違いない。

うんうん、腑に落ちる。

この点において自分はなかなか大したものだと思う。この点というのは「これをちゃんとやっておかないと後が大変だぞ」という所を見つける点だ。ただそれを周りの人間に理解させて実行に移させるのが、なかなか面倒くさいのも否めない。

 

いずれにせよ、自分の行動原理は「面倒くさい」なのだ。

それをアタマの片隅にいつも置いておこう。